第6話

響

もしかして

響

私、死んだのでしょうか?


 と思わず響は口に出していた。

 目の前にはあの学校の幽霊がいた。

可南太

…………

響

私はあなたを知っています

可南太

俺も知ってる……


 ふたりは近づきあった。

 こわごわと握手を交わした。

 彼の手は硬く温かかった。

 生きていた。

響

響といいます

可南太

俺は可南太だ


 ふたりはどちらからともなく手を離した。

 互いの体のあちこちを眼で探り合っていた。

可南太

思ったよりも青いな、髪

響

あなたも茶色いですね、髪

可南太

そうかな

響

そう思います

可南太

……

響

……

可南太

いい……天気だな……

響

曇ってます……

可南太

……

響

……

響

私なりに仮説は立てています

可南太

あ、はい

響

聞きたくはありませんか?


 可南太は答えず、物言いたげに手を動かした。

可南太

もしかしてさ、
夜になると、部屋に変な男の……

響

ウィリアム・ウィルソン。
私はそう呼んでいます

響

私が思うに彼は

可南太

喉渇かないか?

響

……

可南太

腹も減った。
立ち話も何だし、何処か行こう


 と可南太は身を転じた。

 響は呆れながらもついていった。

響

磁性、衝突、再組織……。確かにそう言っていました


 ファミレスでふたり、テーブルごしに対峙していた。

響

あなたの言う幽霊2号と、
私の言うウィリアム・ウィルソンは、
どうやら同一人物のようです

響

とりまく状況も似通っています。
周囲の人々や環境の状態が目まぐるしく変化していく

響

私とあなたは本来……

響

……


 可南太は肘を張ってサンドイッチをむさぼっていた。

 響の話に耳を傾けている様子はない。

響

あの……聞いています?


 可南太が目を上げる。

可南太

聞いてるよ


 可南太はサンドイッチを食べ終え、
 アイスクリームに手をつけた。

響

あなたは動じていないようですね

可南太

というと?

響

これだけの異変にもかかわらず、
食欲が優先するのですか?

可南太

腹が減っては何とやらってな

響

適応能力には富んでいるようですね

響

思うに、並行世界が重複しているのでは?
私たちはその共通部分に位置している、と

可南太

なるほど

響

例えば、セカイAの粗暴な大知さんと、
セカイBの柔和な大知さんが、
交互に姿を現していました

可南太

そうだな

響

双方のセカイの人物がいわば相争っているのでは?
同じ位置をめぐって

可南太

ああうん

響

それはセカイそのものもそうです。
この変異はそれが原因なのでは?

可南太

その通り

響

どうにかして2つのセカイを再分割できないものでしょうか?

可南太

まあ後にね

響

……あの

響

私の話、真面目に受けとめてくれています?

可南太

いいや

響

いいや?

響

どういう意味です、それは

可南太

これは夢か幻だ

響

まさか。
そんなはずありません

響

幻のなかに、
あなたのような人が出るはずがありません

響

こんな意地汚く食い散らかす人


 可南太はスプーンを放った。

可南太

幻を見ているのは俺だ!
君じゃない!

可南太

どうかしてるんだよ、
俺自身がさ


 響は可南太の方に腕を伸ばした。

 彼の頬に手を遣った。

 輪郭が掌の弧に収まった。

 親指の先で唇の端にそっと触れた。

響

これも幻覚だと?

響

このクリームでべたついてる感じまでも?


 可南太は一瞬、目を落とした。

 そうしてゆっくりと響の手を引き離した。

可南太

信じるには時間が必要だ

可南太

今はひとりで頭を冷やしたい


 そう言って席を蹴った。

 響は嘆息した。

 が、可南太はすぐ戻ってきた。

 話を続けてくれるのかと思った。

 しかし、彼の目当ては伝票だった。

 響は腰を浮かせ可南太を追いかけた。

響

自分の飲み物代くらい自分で払います


 レジで可南太が振り返る。

可南太

最初から別払いのつもりだが?

可南太

うぬぼれるな

響

ところで、お財布にいくら入ってます?

可南太

何だって?

響

非現実の時くらい金持ちでもおかしくないと思いません?

響

でも、そのお財布……

響

見たところ3、4千円しか入っていないかと

可南太

俺の妄想は現実志向なんだよ!


 可南太は眦を決して札びらを切った。

 響はレジにあったライターを取った。

 火を点けて、可南太の手首を炙った。

可南太

あっつ!


 可南太が慌てて手首を手で庇う。

 響は彼に頬笑みかけた。

響

これでもまだ現実と認めないおつもりですか?

可南太

……

 可南太はテーブルに戻った。

可南太

ひとまず落ち着こうか

響

名案です


 と響も彼に従った。

可南太

なあ

響

はい

可南太

お互い腹を割るべきじゃないか?

響

同感です

可南太

俺から話そう

可南太

はっきり言って、君はイメージと違った

可南太

君が幽霊だった頃、
君は俺の中で優しかった。
無垢で、素直で、純粋だった

可南太

でも実際に皮肉屋で……

可南太

他人に火傷を負わせることさえ厭わない

可南太

まさかそんな人間とはな……

響

ご愁傷さまでした


 可南太が鼻先であしらう。

可南太

ほら、お前も言えよ。俺のこと

響

ひと言で述べるとしたら、幻滅しました

響

あなたの知的水準は低すぎます

響

それに、現実に対する適応や、
分析の能力にも欠けています

響

どうやら逃避が、
あなたの主たる防衛機制のようです

響

私が描いていたあなたのイメージは……

響

……

響

……これ以上はよしましょう。
虚しくなってきました

可南太

だな

響

どうやら私たちは
幽霊のままでいた方が幸せだったようですね


 可南太は声たてて笑った。

可南太

でも俺たちはひとつだけ気が合う


 響も首肯した。

響

互いに失望したという点で、ですね?


 可南太が掌でテーブルを打った。

可南太

とっととセカイをくっつけちまおう

可南太

そうしたらもう顔を見ないで済む

響

利害は一致しましたね


 ふたりは再び手を取り合った。

可南太

家まで送ろう

響

子ども扱いはしないでください

可南太

君の親の顔を見たいだけさ

響

今来ても親はいません。
単身赴任しています。
それに父子家庭ですし

可南太

そうか。うちは母子家庭だ

響

そのお話はもう結構です

響

プライベートのことまで
詮索するつもりはありません

可南太

ああそうかい


 と可南太は足早に別の道を行ってしまった。

 響は追わないで帰り道を急いだ。

可南太

!

響

!


 再会した。

 自宅マンションのドアの前で、だ。

 ふたりはまばたきしあった。

母親

おかえりなさい


 可南太の母親とおぼしき女性が、
 響のことまで当たり前のように迎えた。

 響はリビングの写真立てを見くらべた。

 響の父親、可南太の母親、そして響と可南太、4人の写真がある。

 響は全てを察した。

 可南太は今ひとつ呑み込めていないようだった。

響

どうやら
再婚したことになっているみたいです

可南太

は?

響

どういうわけかはわかりませんが……

可南太

じゃあ俺の部屋は……!?

 ふたりは勉強部屋に入った。

 響の元の部屋よりひと回り大きかった。

 ふたりの家具が自然に入り交じっていた。

 何年もここに同居しているかのようだった。

響

もう驚きません、
何があっても

響

例え、隕石が落ちてきても、です


 可南太はクロゼットを漁りながら顎をしゃくった。

可南太

隕石の方がマシだ

 ふたりはそれぞれのベッドに入った。

可南太

…………

響

…………


 ベッドの間はカーテンで仕切られていた。

 そのカーテンを可南太の手が押し退ける。

可南太

起きてるか?

響

ええ

響

待っています、彼を

可南太

俺もだ


 1時を過ぎたところだ。

 時間が経っていく。

 針の音が間遠に感じた。

 壁の時計が3時近くを差した。

可南太

来ないな……

響

来ませんね…・…


 そのうち可南太は寝息を立て始めた。

 起こそうか迷ううちに響も眠ってしまった。

 人の気配に響は跳ね起きた。

…………


 そこにはウィリアム・ウィルソンが立っていた。

 響は可南太を叩き起こした。

聞こえるか?

響

ええ


 ウィリアム・ウィルソンが誰かに向けて声をかける。

成功だ。交信可能域に入った


 ウィリアム・ウィルソンはふたりに目を遣った。

説明しよう

君たちに何が起きているのかを