ある日のこと。

ひかりが、いつものように元気よく事務所に入ってきた。

ひかり

みんなおっはよー! あ、八葉ちゃんおはよー!

八葉

ひぅっ……お、おはようございます……

ちょうど一番近くにいた八葉が、びくびくした挙動で頭を下げた。

そそくさと視線を逸らし、すぐに離れていってしまう。

八葉

あ、あのあの、プロデューサー、私、レッスンに行ってきます

か細い声でそれだけ報告して、ひかりの方を見ることもなく、出ていってしまった。

ひかり

…………

ひかりは何か思うところがあったのか、しばらく無言で立っていた。

それから、僕のところにスタスタやってくる。

めずらしく真顔だ。

ひかり

……ねぇ、プロさん。もしかして八葉ちゃんって………私のこと避けてたり、しない……?

プロデューサー

ああ……大丈夫だよ。八葉は誰にでもああいう感じだから

楓

ひかりさんだけではなく、八葉さんは、どうやらかくれてみんなのことをみまもるのが、好きみたいです

お盆を持って歩いていた楓も、フォローしてくれる。

ひかり

むむむ、そうなのかなぁ……?

ひかり

ちょっと前に、唯ちゃんの取り合いっこしちゃったし

ひかり

もしかして、それが原因で嫌われちゃったのかも……

ひかりは人の気持ちに敏感だ。

八葉がいつも通りに見えても、ひかりにとって心に引っかかってしまうのかもしれない。

ひかり

私って誰にでもガツガツいっちゃうから……。きっとそういう距離感が苦手な人もいるのかなって……

ひかり

もし避けられてたりしたら、ちょっと寂しいな……

楓

ひかりさん……

がくりと頭を下げたので、ずいぶん落ち込んでしまったように見える。

楓も心配げな表情だ。

楓

ひかりさんには、わたしがいま――

ひかり

決ーめたっ!

おもむろにがばりと顔をあげたひかりは、明るい顔に戻っていた。

ひかり

私、八葉ちゃんともっと仲良くなりたい! 深くお話してみて、たくさん交流してみたら、きっと仲良くなれるよね!?

プロデューサー

う、うん。そうかも?

ひかり

よぉおしっ! 八葉ちゃんの攻略、頑張っちゃうんだからねー!

ひかり

絶対仲良くなるぞぉー!

ひかりの何かに火がついてしまったらしい。

瞳に炎をメラメラとたぎらせて、拳を突き上げた。

楓

……そうですか。がんばってください

いつもの無表情なのだけど、じゃっかん楓の瞳の色があやしくなっている。

これはもしかして……ヤキモチなのだろうか。

プロデューサー

あ、か、楓。僕たちもひかりに協力してあげようか?

楓

……はい。おてつだいします

ひかり

わぁっ、ありがとかえちゃん、プロさん! ああもう大好きだよー!

事務所のアイドル同士が仲良くなるのはいいことだけど。

ひかりと八葉か。楓の反応も気になるし。

はたして大丈夫だろうか……?

……。

…………。

*  *  *

後日の朝。

八葉が毎朝ジョギングをしているコースに、僕、ひかり、楓の三人でやってきた。

ひかりに協力すると言ったので、八葉のジョギングコースに連れてきてやったのだ。

八葉

わぁっ、ぷ、プロデューサーさんっ!?

走り込み途中の八葉はとてもびっくりして、のけぞっていた。

八葉

か、楓ちゃんに、ひかりさんまでっ!

楓

おはようございます、八葉さん

ひかり

えっへっへーおはよ、八葉ちゃん♪ 毎日精が出るね!

八葉

はうっ、お、おはようございますぅ……!

八葉

ジョギングの途中なので、では私はこれで……っ

八葉はすごい速さで逃げ出してしまった。

ひかり

あぅっ

ひかり

八葉ちゃんと、ぜ、全然お話できてない……! すぐ逃げられたぁ!

楓

もういちど、ここをとおるのを待ちますか?

ひかり

――ううん

ひかりはキッと前を見据えた。

ひかり

私、足には自信あるんだよね。追いかける! 一緒にジョギングしたら、仲良くなれるかも!

言葉の途中にはもう走り出していた。

プロデューサー

ま、待ってくれひかり!

僕も心配になって、ひかりの後を追う。

足に自信があるというのは本当らしい。速い。背中を追いかけるので精いっぱいだ。

ひかり

待ってぇ! 八葉ちゃん待ってぇ! 一緒にはーしーろーうーよー!

八葉

わぁっ、え、な、なんで追いかけて……っ!?

八葉

プロデューサーさんも!? わ、わぁああっ! こ、来ないでくださぁぁい!

追いかけたり陰から見るのは良しとしても、追いかけられた経験はあまりないようだ。

八葉もさらにスピードを上げてしまう。

ひかり

なんで逃げちゃうのっ? 一緒に走ろうよ~!

八葉

追いかけてくるから、逃げたくなっちゃうんですぅ……っ!

プロデューサー

ちょ、ちょっとこのペース、年齢的にキツイ……

ちなみに楓は、最初からついてきていない。

ひかり

八葉ちゃん待って! 待て待てこのこのぉ~! あはははは!

ひかりに完全に火がついている……!

ひかり

絶対に追いついて、むぎゅーってする!

八葉

抱きっ!? な、なんでですかぁっ!?

ひかり

八葉ちゃんのことむぎゅーってしちゃうんだからね!

ひかり

鬼につかまったら、鬼に言うことに従ってもらいます!

八葉

いつから鬼ごっこになったんですか!? あ、わわわ……わ、わんわん、がおーー!!

ひかり

わんわんわんわん!

八葉

効いてないですぅ……!

二人とも足が速い上に、体力が無尽蔵にあるタイプである。

――謎の鬼ごっこは、数キロにも及んだ。

ひかりは楽しそうに哄笑しながら、全く疲れ知らずである。

逃げる八葉も体力に果てがない。

放っておいたら、この二人、一日中続けられるのではないだろうか。

プロデューサー

僕はもう、ダメだ……

ひかりと八葉の背中が遠くなっていく……。

限界を感じて、僕はばたりと倒れ伏した。

……。

…………。

*  *  *

途中で体力が尽き果てて、ひかりと八葉を見失ってしまった。

のそのそした足取りで元の場所に戻ってみると、ひかり、八葉、楓、三人ともそこにいた。

プロデューサー

あ、ああ、よ、よかった。鬼ごっこは終わったんだね……

八葉

はい! さすがに走りすぎました!

あれからどれだけ走り続けていたのかは、おそろしくてあまり聞きたくない。

八葉、ランニングハイになってるし……。

八葉

逃げてしまってすいませんでした! ひかりさん

ひかり

えへへ~、いいんだよいいんだよ。私も怖がらせちゃってごめんね?

なぜかひかりと八葉が仲良しムードになっている。なぜだ。

もしかして、ランニングハイになった八葉に、唯一立ち向かえる人物なのか……

八葉

いっしょに走ってたら、すごく楽しくなってきてしまって!

八葉

気持ちよくて、こういうのいいなって!

八葉

ひかりさんと、また一緒にジョギングできたら嬉しいです!

……ああ、そういうことか。

一緒に走って感覚を共有し続けたことで、二人の間に仲間の絆みたいなものが生まれたのだ。

結果的に、ひかりが猛烈に追いかけ続けたのは正解だったらしい。

ひかり

えへへへ、八葉ちゃん可愛い~!

八葉

ひゃあぁ! それは恥ずかしいです~! たくさん汗かいちゃってるので……!

ひかり

だいじょーぶだいじょーぶ、私も同じくらい汗かいてるし!

八葉がひかりに抱きしめられている。

……楓は大丈夫だろうかと、ちらりと楓の方を見る。

楓

たくさんはしって、おつかれだとおもいます

楓

つめたいお茶をごよういしておきました

ひかり

わぁっ、ありがとうかえちゃん! 大好き!

八葉

ありがとうございます、楓ちゃん!

水筒のお茶をひかり、八葉に渡す楓は、にこにこ嬉しそうにしている。

和やかなムードに、僕もホッと笑ってしまった。

ひかりの、仲良しになる能力は本当にすごいな。

この三人には、全然心配なんていらなかったみたいだ。

“Happy birthday!”高花ひかりちゃん!

高花ひかり:逃げないで、八葉ちゃん

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