【2034年、イバラキ。言霊みれい】

 人魔(じんま)を連れてきた時と同じ、陽の落ちゆく頃に創は私達の農場へやってきた。

創

緋色、……懐かしいね。ボク達はいつもこんな闘いばかりしてた。
 ――ゲームのキャラに成りきって。オモチャの剣で、杖で戦っていたね。



 創は背後に巨大なキメラを控えさせていた。真っ当なクマより遙かに大きなキメラだった。

創

緋色、ボクは、



 緑の帽子に手を掛けて、その表情を見せずに創は声に出した。

創

あの頃からずっと、キミをココロから憎んでいた。



 強い歯ぎしりを立てる。創の拳が軋んだ。

創

キミが憎くて仕方なかったよ。



 歯に、そして拳に強い力が込められ、それが音を立てていた。目深に被った帽子から創は吐息を零した。

創

父さんからの果たし状だ。これは、キミがボクに勝てたら渡そう。



 胸元から白い手紙をひらひら見せる。

創

ボクに、



 そしてその後ろに控えた怪物を示した。

創

『ヒト腹イノリ』に、キミが勝てたら、ね!

ァ〝ァ〝ア〝



 前へと足を踏み出したそれは、何がベースなのか解らない合成獣だった。ソレが口から白い液体を吐き零す。
 創は指を折って私達へ教えた。

創

姉ちゃんの脳を持ち、クマの骨格へクマとカマキリの腕、名馬『ディープコンタクト』とクマの脚を得たモノだ。これに『ホーム』が作った、特注の鋼を着せている。



 背のマントを払って創は笑った。

創

最強のキメラ『イノリ』に、お前ごときが勝てるかな? 緋色!



 その腕を震わせ語った。

創

姉ちゃんはな、ボクの前で殺されたんだ。



 槍を突くような動作をして、創は奇声を上げた。

創

胸を一刺し。毒の塗られた刃で貫通の一刺し。ビクビク震えてボクの前で死んでいったんだ。

イノリ

オ〝ォ〝



 ……知らなかった。創と共に何処かできっと生きている、そう信じていた。

 ――けれど、そのキメラの目を見て解った。



 その目は間違いなく――祈(いのり)のモノだった。

創

お前らにボクの、姉ちゃんの気持ちが解るかっ!! 無残に、残酷に、あの人は毒で貫かれたんだぞっ!!



 その目が嘲るように煌めく。

創

死ねよ。緋色!



 祈の目をした巨大なキメラが100mの距離を一直線に緋色目掛けて突進する。大きな赤黒い鎌を構えてキメラは肉迫した。

 緋色は眼を閉じ静かに『鋼の棒』を構えた。

緋色

姉ちゃん。痛かったな。守れなくてごめんな。

イノリ

ォ〝ォ〝ァァ〝



 上段に構えた緋色の前に躍り出た、そのおぞましい巨体が、走り体ごと大鎌を振り切る。その瞬間、

 緋色は、

 静かに、一切のブレも無く、左の足を踏み込んだ。

 棒が『イノリ』をキレイに割いた。緋色の後方へ、その別れた2つが崩れ走り抜ける。すれ違った緋色にはおびただしい赤が掛かった。緋色には踏み込んだ一歩、振り下ろした腕以外、一切の乱れは無かった。

 木の葉飛ばす風を受け、創は膝から崩れ落ちる。

創

こんなバカな話があるかよ。



 風がその緑の帽子を飛ばしていく。小高い丘に膝だけをついた創がただただ吐露していた。

創

ボクは、全てを使って、姉ちゃんの卵子、脳にまで手を付けてこんな結果? 無いだろ? 酷いだろ?



 創の前で緋色は言った。鋼の棒を背の鞘に戻して、創の近くで地に膝を付ける。

緋色

創。そいつは、祈姉ちゃんじゃないよ。



 優しい、慈愛に満ちた面持ちで緋色は言った。

緋色

そいつは、祈姉ちゃんじゃない。



 その目に涙を湛えて緋色は笑った。

緋色

それはただの、……化け物、だよ。



 5m弱の距離を詰めることなく緋色は呼んだ。優しい、兄のような言葉で声を掛ける。

緋色

創。戻ってこいよ。俺達が戦う相手は、違うだろ? 俺たち同士が潰しあうんじゃなく、戦うべき相手が居たじゃないか。



 創がただ淡々と呟く。

創

歯車フォーチュン、


緋色

ああ。



 緋色はその5mの距離から手を伸ばした。

緋色

創。お前、俺たちの『リーダー』だろ? お前が指揮を執ってくれないと、俺達生き残れないよ。この世界で。



 その場を動くことなく緋色は片方だけの腕を伸ばした。

緋色

創。



 遠く後方からタタミも創を呼ぶ。

タタミ

リーダー!



 楽々も呼んだ。

楽々

総隊長ーーっ!

コージ

皆さんから聞いてます。僕、ちからぶそ、

みれい

コージは後でね!



 コージと、私も。
 帽子を失った事で現れたそのキレイな緑の瞳で、創は、……私達を見ていた。

創

ボクで、ボクなんかがここに居て、



 緋色は創を待っていた。

緋色

いいだろ。当然。



 創が膝を立てその一歩を踏み出す。

創

ボクなんかが皆の命を預かっても、



 緋色はずっとその手を伸ばしている。

緋色

お前なら、俺たちを生かしてくれるよ。誰も疑っちゃいない。



 一歩、一歩。緋色との距離が狭まっていく。

創

ボクの、ボクの居場所は、



 緋色がその片方だけの腕を広げた。

緋色

お前の場所は、



 皆がリーダーの帰りを待っていた。

緋色

化けクリのリーダー、そこしか無いだろ!



 やがて緋色の大きな胸板に、創の細い体が納まった。緋色は兄のような動作で創の背を撫でている。

緋色

みんな、お前の事を待っていたよ。



 タタミが、楽々が、コージが、キメラの皆が、そして私も口を揃えて創へ言った。

タタミ

おかえりなさい! リーダー!

楽々

総隊長!!

みれい

創!


 緋色が創の頬を押さえて、その瞳を見て言い募る。

緋色

創。祈姉ちゃんと奈久留の仇、一緒に取りに行こうぜ。



 震え涙零す創の背をさすって、緋色もやっぱり泣いていた。

緋色

大丈夫。お前の背中は、今度こそ俺が守るから!



 創の背、そして緋色の背へ皆が飛びつく。

 緋色が創のその耳へ語りかけた。

緋色

だって俺達、



 きっとココロからの笑顔で、

緋色

親友だろ?



って。

 私は創の懐から零れた封筒を拾い上げた。『ブラック・ダド』の果たし状、その外側には何も書かれてはいない。中に入っていた便箋には大きく太い筆文字で一文だけ、丁寧な字で書かれていた。

『私の息子を、グリーン・ブラザーをどうかお願いします』


と、皆が憧れた『ジョーカー』らしい言葉で。

【2034年、アラスカ『ホーム』。歯車フォーチュン】

 その日、旧アラスカの『ホームホルダー』拠点に私は居た。朝靄の中、多くのキメラを控えさせ建屋の外で待っている。

歯車フォーチュン

『ブラック・ダド』は客をこんなに待たせるのかい? 寒いのだから早く中へ上げてもらいたいのだがね。



 しかし、

パープル・マム

ダドは体調を崩して今は出れません。

と、黒髪の娘は門の外に居る私達を、その一切の侵入を認めなかった。

歯車フォーチュン

私は、あの『フォーチュン』なんだよ? 手土産も持ってきているのに何て扱いだい。



 黒髪の娘は手土産の詳細を求めた。

パープル・マム

ダドもそれを知りたく思うでしょう。

との事だった。

歯車フォーチュン

これかい。これは時間の干渉から、全ての己を守る輝石『存在の石』だよ。それを4つも。これがどれほどの宝か、ホームホルダーの長なら解るだろうに。



 ――まぁ、お前ごとき小娘には解らないだろうがね。
とは言わずに、クツクツ、と仮面の中で笑ってやる。

 一度屋敷へ戻った娘に更に30分待たされた。私はその帰りを門に尿をかけ待っていた。

パープル・マム

歯車フォーチュン。ダドからの通達です。

歯車フォーチュン

待たせたね。早く聞かせたまえ!



 ファスナーを素早く上げて黒髪の少女の答えを急かす。

パープル・マム

『勝手にしろ。名も勝手に名乗るがいい』だそうです。貴方は、これから『ホーム・ホルダー』の技術開発の主任として活躍してもらいます。よろしくお願いいたします。



 とりあえず名前持ちには成れたのか。

 そして結果を出せば更に上が見える。そう判断しても良いのだろう。

歯車フォーチュン

『ブラック・ダド』に伝えよ。黒髪の娘。


パープル・マム

はい。

 小娘に、白の手袋をはめて言伝(ことづて)を言い渡す。

歯車フォーチュン

我『フォーチュン』は、お前と対等の地位を望む。才能、力、影響力、実績があるのだから当然だよ。



 小娘は乳臭くは見えなかった。後で夜の相手をさせたいと思う。私は腕を広げ己の力を誇示した。

歯車フォーチュン

そして名乗ろう。新しい我が名は、



 仮面の先端をこすり夜の相手へ一礼、下からその大きな胸を見上げてやった。

歯車フォーチュン

『フォーチュン・ファーザー』。小娘、お前たちの上に君臨するものだよ。



 自身のカッコよさに笑みが抑えられない。雪の大地を転げまわる。地面の汚れも『ホーム・ホルダー』の本拠地を前にしたなら勲章だった。

 転がりながら今から夜が楽しみで、身体ばかりが疼く。

 我『フォーチュン』はその日晴れて『ホーム・ホルダー』の一員となったのだ。