宇宙(そら)は広く、果ては未だ見えず
無窮とも思える場所を住処として
どれほど経ったのか――

理想郷は届く気配はない。
されど戻ることは叶わず、それゆえ人は
幻想(ユメ)を観るのだ。











妹

今日も暑いねー

畳みに寝っころがりながら
私が独り言を呟くと――

母

夏だからねぇ

『母』が応えてくれる。

和服姿の母は居住まいを正しているが
だからといって口やかましくは無い。

妹

あぁ、落ち着く

誰かが応えてくれる。
それがどれだけ貴重なことか――

コストとして見れば無駄なエネルギーでも
人が人としてあるためには、必要なこと
たとえ――

父

こりゃ、みっともない
若い娘がなにしとる

妹

父ちゃんのお小言も
たまには好いものね

なんというか、ノスタルジーに浸れる。

妹

起きますよー

ひょいっと起き上がり
少しばかりむくれた風に言ってみる。

妹

みっともないって言ってもさー
暑いんだもん

妹

この部屋にもエアコンつけてよー

父

ばっかやろう
心頭滅却すれば

父

全部気のせいになる

妹

えー、精神論じゃんそれー
暑いものは暑いもーん

妹

エアコン欲しいー

私が駄々をこねてると――

兄

にーちゃんのボーナス出たら
考えてやる

兄ちゃんも参戦。

おお、今回は賑やかだ。

妹

えぇと、このパターン
前にあったかな?

思い出すも記憶にない。

やっぱり、シチュエーションを変えると
違うパターンが出て来るみたいだ。

妹

この雰囲気好いな~

ゆるくまったりした感じが良い。
日常ってヤツだ。きっと。

実体験したことは無いけども。

妹

いつか体験できるでしょ
たぶん……

深く考えると思考の泥沼に落ちそうになるので
てきとーにする。長生きの秘訣だ。

などと、つらつら思っていると――

姉

暑いんなら、アイス食べよー

姉ちゃんが、袋一杯に入ったアイスを
差し入れで持って来てくれた。

妹

『コンビニ』って所で
手に入れたのかな?

妹

いや、知らんけど

今度、姉ちゃんに訊いてみよう。
新規パターンが発生するかもしれないし。

姉

早い者勝ちだからねー

私が、ぼーっと考えていると
姉ちゃんは、自分の好きなのを先に取る。

妹

えっ、何あれ白くて丸いの?

食べたことない。
同じのが無いか探したけど見つからない。

妹

しまったー。姉ちゃん、めざとい

姉ちゃんは要領が良いのだろう。

いや、会ったことは無いから知らんけど。

妹

ループ再生しようかなー

ちょっと迷って、止める。

こういうのは一期一会だから良いのだ。

妹

次で、買い物に連いてけば良いし

何が起こるか分からないから面白いのだ。

なので『今回』は、残ったアイスを漁る。

妹

私、こーれー

細かく砕いた氷に
赤い何かが掛かった物を取る。

妹

なんだこれ?

今まで夏のパターンは試したことが無かったので
なにげに初体験だ。

ざくざくと、木で出来ている『設定』の
スプーンで、掬い取り口に入れ――

妹

つめたい

妹

あと、あま~い

おお、この感覚は良い。

夏という、暑いだけの設定のどこが良いのか?

などと思って今まで避けていたが
食わず嫌いというヤツだったようだ。

妹

お母さん、夏が好きって
言ってたけど

妹

こういうことだったんだ

他の家族に訊いてみれば違うかもしれないけど
お母さんは、夏が好きだ。

妹

お父さんやお兄ちゃん

妹

お姉ちゃんは違うかもしんないけど

それは実際に会って聞けば分かるだろう。

妹

いつになるやら

結果ばかり求めちゃいけない。

分かってるけど、止められない。

母

どうしたの?

妹

んー

ごろりと転がり

『母』の膝に頭を乗せる。

母

甘えん坊ねぇ

妹

んー

分かってるけど、別に良いじゃん。

どうせ――

母

ここには貴女しか居ないけど

母

いずれ家族には伝わるんですよ

妹

……すごいね

母

なにが?

妹

本物の、お母さんみたい

母

ある意味、本物よ

母

だから、貴女もそのつもりで

母

今の貴女の在りようが
生身の、お父さんや
お姉ちゃんやお兄ちゃん

母

みんなと出会う時に
役に立つんだから

妹

……はーい

生返事で返しながら
お母さんの膝枕でゴロゴロ

妹

これも取り込まれるのは
分かってるんだけどな~

妹

まぁ、いいじゃん
私、末っ子だし

生身の家族のみんなには
そういうもんだと分かって貰おう。

妹

このままだらだらしよっかな~

なんて思ってると、システムメッセージが
聞こえてくる。

定期巡回の時間が近付いてます。

担当者は、直ちにダイブを中止し
定期巡回に備えて下さい。

妹

はーい。分かってますよー

儀式的なもんではあるが
意味が無いわけではないので
やるべきことはしないといけない。

妹

そろそろ、お仕事行って来まーす

兄

行ってらっしゃい

姉

気を付けてねー

妹

はーい

父

見落としが無いよう
三重チェックは忘れんようにな

妹

分かってるってばー

お父さんは、毎回毎回口うるさい。
心配性なのかな?

妹

ま、実際会えば分かるでしょ

それがいつになるか、分からないが。

なんて、思ってると――

母

またね

妹

……

妹

うん

最後に母に見送られ
私は現実に帰還する――








仮想空間からの神経接続解除。
メディカルチェック・・・・・・――

終了。異常は見られません。

好き目覚めを。

はいはい、分かってますよ

私はタイブチェアから起き上がる。

私

明かり付けて

船内AIが反応し明かりをつける。

私

相変わらず
無愛想な部屋だこと

匂いまで感じられる仮想世界とは違い
酷く無機質だ。

私

向こうの方が生身みたい

思いはするが、口には出さない。
下手な独り言を口にすると
AIがメディカルチェックを受けろとうるさいし

私

さてと、見回りに行きますか

お仕事お仕事。

定期巡回をするために部屋を出ようとして
私はAIに指示を出す。

私

外の景色を映して

了解しました。

頭の中に声が直接響き、景色が変わる。

私

さて、お仕事しますか

偶には、気分が変わって良いだろう。

とてとて歩きながら、私は思う。

私

あの星かな?
私たちが目指してるの?

テラフォーミング船団6297361号

それが私達の住まいだ。

私

チェック。問題なし

基本的に、船内船外含めてAIが
統括しているので不備は無い。

とはいえ、人のチェックは必要とされている。

私

それこそ無駄な
労力だと思うんだけど

そういう決まりに
なってるんだからしょうがない。

選択権が常に人にある様に徹底されている。

私

その辺、お母さんに
習った気はするけど

いかん、うろ覚えだ。

向こうに行った時に習い直そう。

私

本物じゃ、ないけどさ

仮想世界。
ついさっきまで私が居たのは、そこだ。

宇宙船の統括AIの6%も使って
運用されている。

目的は、コールドスリープをしていない
搭乗者の精神安定。

私

無かったら頭が
どうかしちゃってるでしょうね

心底思う。

目当ての星に向かうまで、一番効率が悪いのは
生物を起こしたままでいることだ。

だから仮死状態で固定して運搬しているけど
ここで問題になったのが、起きている人間だ。

私

全部、AIにチェック
任せちゃえば好いのに

それはAIの構造上、無理らしい。

なにがしらの選択や最終チェックをするのに
人間が必要とされるように作られているのだ。

私

だから誰かが
常に起きてる訳だ

私

私みたいに

任期は100年。

ナノマシンの投与がされて無かった時代だと
それだけで寿命が来てたらしいが
今は違う。

私

だからってまぁ
精神的に平気な訳じゃないけど

広い広い船内に独りきり。
頭が、どうにかなる。

それを防ぐために作られてるのが仮想世界。
現実の人間をモデルに、内部アバターは運用され
かつての『地球』と変わらぬ日常を体験できる。

私

次は、どの季節で行こうかな?

仮想世界なので自由に出来る。

私

やっぱり、また夏かな~

私

次は、あの丸くて白いの
食べるんだ

うん、決めた。そうしよう。

私

今度は、お姉ちゃんより
早く選ぶんだ~

おねだりしたらくれるかもしれないけど

私

そこは実際に会ってみないと
分からないし

私

人格AIのモデル、本人だから
生身と同じだと思うけどね

先に役職に就いたお父さんやお兄ちゃん
それにお姉ちゃんが、仮想世界で
行動したパターンをAIが学習し
向こうのアバターは動かされてる。

私

そうは言っても
生身出会うのは違うよねー

私

なにしろ、お母さん以外
私のこと知らないわけだし

お母さんは、家族の中で4番目に
役職について起きた訳だけど
その時に、私がお腹に居ることに気付いたらしい

私

母星を出発する前に
気付かなかったのかな?

ちょっとその辺は、怪しい。
お母さんの話だと、宇宙船に乗れる時期は
決まってたらしいし。

直前になって気付いても、私が生まれるまで
宇宙船は待ってくれなかったわけで

私

家族みんなで
秘密にしてたとしか
思えないんだよね

初めて私が、仮想世界に行った時
みんな私が居るのが当たり前みたいな
そんな感じだったし。

私

私が居るの知ってて
仮想世界にデータ
残してくれてたのかな?

そんな気はする。

まだ会ったことのない私のために
みんな仮想世界に何度も訪れ
自分の欠片を残してくれたんだ

私

こういうの、昔の世界で
なんていったっけ?

ちょっと考えて、お母さんに教えて貰った
ことを思い出す。

私

そうだ。手紙だ

確か、文通ってのもあった筈だ。

私

うん、そうだ。
きっと、そうだ

何だか嬉しくなる。だから――

私

お仕事、早く終わらせないと

仕事を終わらせて、仮想世界で生きて。

私

私はこんな子だよって

私

みんなに教えないと

私の家族の任期は1000年。
まだまだ先は長い。

いつか出会えるその前に
私は私を、家族に伝えたい。

私

さあ、頑張るぞ

自分で自分を盛り上げて
私は広い広い宇宙船の見回りを
続けることにした。









  バーチャル家族・ちょっとSF おわり

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