災厄女によろしく

大学入学を機に上京し、生活費のためにバイトしていたカラオケボックスを4年生になっても辞められず、就職先も決まらないまま卒業。同じゼミで知り合った同い年の彼女は、地元愛知の会社に就職して恋人関係は自然消滅。寂しさを抱えながら新しいことを始める気力もなく、だらだらとその日暮らしの生活を続けていた、梅雨がなかなか開けなかった7月のある日。いつものバス停で降りると、見知らぬ若い女がいました。

女

なんなのよ、もう!

雨の中、傘を忘れたのか地団駄を踏んでいました。

僕

すみません、傘、忘れたんですか?

普段ナンパなどしないタイプですが、この状況を無視するわけにはいかないと、声をかけました。

女

はい?

僕

この近くに住んでる者です。僕の傘まあまあ大きいんで、近くまで送りましょうか?

その女は明らかに不審者を見る目で、値踏みするように僕をまじまじと見て言いました。

女

こういう時って、傘を貸して、男は濡れて帰るんじゃないの?

僕

そこまで紳士じゃないんで。嫌ならいいんです。さよなら

返しの台詞から、この女とは関わらないほうがいいと察し、踵を返して早足に歩き出すと、後ろから小走りに駆けてきて、尻に蹴りを入れられました。

僕

痛っ!何すんだよ

女

雨に濡れた女の子放置するなんて、最低

僕

見ず知らずの他人に後ろから蹴り入れるのはOK?

女

傘、入ってあげる。ウチもそっちだから

明らかにイタイ女です。無視してさっきよりも早足で遠ざかろうとしました。するとその女はちゃっかりと僕の傘の陰に入りながら、同じ方向に歩いてきました。

僕

ついてくんなよ

女

自意識過剰。ただ方向が同じだけ

僕

傘入んなよ

女

話しかけないで

僕

マジか、コイツ………

ネットでうざ絡みしてくる奴ならブロックして通報すればいいですが、リアルではそうはいきません。とにかく1秒でも早く家に帰るしかないと、僕は服が濡れるのも構わず大股で家路を急ぎました。

僕

何なんだよ……

女

はぁ、はぁ、はぁ……

結局、アパートの前までついてこられ、肩で息を切らずその女を呆れて見下ろしました。
シャツが雨に濡れてブラが透けているのが目に入り、思わず目を逸らしたのに気付かれました。

女

何見てんのよ

僕

……………

この手のタイプは反応したら負け。僕は無視してアパートの階段を上っていきました。
すると腕を後ろからガシリと掴まれ、危うく転びそうになり「危ねぇだろ!」と振り向くと、女が反対の手で自分のシャツを襟元から引っ張り、胸の谷間を露わにしました。

女

お風呂貸さないと、痴漢されたって叫んでやる

僕

うちのアパート風呂な……

女

きゃあぁーー!

突然、金切り声を発され、僕は慌てて口を塞ぐと、道路に蹴り出す訳にもいかず、部屋に連れ込むことになってしまいました。

靴を脱がし、突き飛ばすように部屋に入れ、床に座り込む女を見おろす形で、僕は尋問を始めました。

僕

目的は何だ

女

強引に連れ込んだのはあんたでしょ

僕

ギャーギャー喚き散らそうとするからだろ?風呂はないから貸せないし、あっても貸さない

女

こんな格好のまま帰れっていうの?

女が濡れたシャツをひらひらとさせると、小柄でスレンダーな体型に不釣り合いな豊満なバストが見え、その肌は雨に濡れて湿り気を帯びていました。

僕

……捨てるつもりだったTシャツやるから、雨止んだらそれ着て帰れ

女

ヤリたいくせに、何カッコつけてんの?

僕

な……………

そこでふと、女の目的に検討がつきました。

僕

もしかしてパパ活?エンコー誘ってんのか?

女

声かけたの、それが目的だったんでしょ?

僕

俺が金持ってそうに見えるか?

女

2万ぐらい持ってるでしょ?現役女子高生としたくないの?

僕

高校生?嘘つくな

女

ほら

女がショートパンツの尻ポケットから財布を取り、一枚のカードを抜き出して僕に投げできました。

僕

東高校……有安ひかり。17歳?

女

あと二週間で18

僕は青ざめて学生証を返し、女を両脇から持ち上げて追い出そうとしました。

女

ちょっと!まだ雨止んでない

僕

未成年の子を部屋に連れ込んだって、誘拐扱いで逮捕される

女

エン誘ってんだよ?うち片親でほとんど家にいないし、誰が通報すんのよ

少し寂しげな口調に、僕の同情心がくすぐられてしまいました。

僕

それで生活費稼いでんのか?

女

生活費は足りてる。服とかコスメとかのため

僕

バイトしろよ

女

疲れるから嫌。こっちのほうが1時間ぐらい我慢してれば倍以上稼げるし

僕

…………

子供できたらどうするんだとか、性病にかかるだろとか、ありきたりな説教が浮かびましたが、無意味なので引っ込めました。

僕

彼氏は?

女

いるよ。エンやってるのも知ってる

僕

マジかよ。どういう感性だよそれ

女

おじさんには分かんないよ

一瞬ムッとしましたが、高校生から見ればおじさんなのは間違いない。切り替えるために冷蔵庫の缶チューハイを一本取り出して開けました。

女

あたしにもちょうだい

僕

酒は20歳から

女

おじさんも十代の時飲んでたでしょ?

僕

飲まなかった。親父が酒乱だったから

女

ふーん。つまんな

そっぽを向いて携帯を弄り始めた女を尻目に、僕はチューハイを一口あおりました。携帯で調べるとあと2時間ぐらい降水確率70%が続き、そこから30%、20%と下がっていく予報でした。

僕

2時間ぐらいで上がるから、そしたら帰れよ。1人で帰れるよな?

女

ここシャワーもないの?

僕

ねえよ

女

この状況でヤらないって、根性なさすぎ

僕

何が根性だよ。腐れパパ活女なんて触りたくもないわ

女

何それ、酷い………

僕が世間知らずの十代か二十代前半だったらほだされたかもしれませんが、残念ながら「大人」なので「嘘くさ………」と一蹴し、動画でも見て晴れるのを待つかと、アプリを開きました。

女も諦めたのかごろりと向こう側を向いて、携帯をいじり始めました。
動画サイトに投稿した歌動画の再生数をチェックしてみると、例によって100再生前後。世の中には歌上手い人なんて山ほどいるし、カラオケ店で練習して多少自信がある程度の歌なんてやっぱこんなもんだよなとため息を吐いていると、写真共有アプリが受信を通知してきました。

女のほうを見ると相変わらず向こう側を向いています。嫌な予感がしましたが、アプリが受信した画像を見てみました。

僕

ぶっ

思わず変な声が出てしまいました。シャツをブラジャーごとたくし上げて胸を露出した女の画像と、ショートパンツを下から撮り、脚の隙間からパンツが見えている画像が受信されていました。顔は写っていませんが、明らかにそこにいる女のものでした。

僕

変なもん送りつけんなよ

女

これで言い訳が苦しくなるね。私が無理矢理送らせたって言い張れば、おじさんがどんな主張しても、裁判所は私の味方をしてくれる

僕

……削除した

女

受信履歴は残るし、こっちの携帯には証拠が残ってる

僕は咄嗟に女の携帯を奪って画像を消そうと掴みかかりました。

女

やめて!大声だすよ!

僕

うるせえ!クソガキ!!

バタバタと手足を動かして暴れる女と、引っかかれて腕に傷を負いながらも携帯を奪おうとする僕の攻防が続き、覆い被さるような体勢になって携帯をむしり取りました。また悲鳴を発しようとした女の口を左手で塞ぎ、噛みつかれた痛みを堪えて、右手で携帯を操作して画像を探しました。
幸いロックがかけられる前に奪えたので、アプリから件の画像を削除することができました。

僕

舐めた真似しやがって

女

ううう………うっうっうっ……………

口を塞がれたまま女がメソメソと泣き出し、僕は叩きつけるように女の携帯を床に投げて、立ち上がろうとしました。
すると、女が両足をガッチリと僕の腰に巻きつけていて、すぐには立ち上がれませんでした。

僕

離せ!

女

早くヤれよ!

僕

はあ?お前とはヤらねえよ!

女

ねぇお願いだから。お金持ってかないと、殴られるの………

僕

殴られる?誰に?

女

ママの彼氏

僕

また適当な作り話を

疑いながら女の顔をよく見ると、ファンデーションで隠しているようですが、顔にも腕にも青黒い痣がありました。

僕

母親の彼氏にエンコー強要されてるって言いたいのか?

女

ママ、逃げたパパの借金を背負わされて、彼氏っていうのは、借金取り。ママを私も身体で払うように命令されて………

僕

警察行けよ

女

私達がやってることも違法だし、怖くて通報なんてできない………

僕

…………

とりあえず身体が傷だらけなのは間違いない。しかし、この女の言葉をどこまで信用していいのか判断がつきませんでした。

すると女が下から脚を僕の腰に巻きつけて、股間を密着させてきました。

僕

やめろって!殴るぞ

女

いいよ。そういうの好きなら

僕

被害者ぶるなよ、嘘臭えんだよ

女

信じなくていい。ほら固くなってんじゃん。1万でいいから

僕

ウリなんてやらなくても、色気使ってライブ配信でもやれば投げ銭でそんぐらい稼げるだろ

女

私バカだからそういうのはわかんない。機械苦手

僕

アプリ見たことぐらいあるだろ?ストア検索してやるから、ちょっとお前の携帯………あれ?

床に投げた携帯を拾う前に、女が尻ポケットにもう一台携帯を持っていることに気付きました。

僕

2台持ち?まあいいや貸せよ

女

他人の携帯、軽軽しく見ないで!

僕

彼女みてえなこと言うなよ。おら、寄越せ

女

いーーやっ!

異様に抵抗するので逆に取り上げたくなり、脇腹をこちょこちょして「ひゃあ」と女が油断した隙に、尻ポケットの携帯を取り上げました。

女

あっ!だめ!

僕

………………??

女の携帯には、僕が入れてやろうとした配信アプリが既に起動した状態にあり、ライブ中の状態になっていて、視聴者のコメントが大量に流れていました。配信タイトルは「円●?ドキドキライブ配信」。

状況が理解できませんでしたが、開始時間を見てみると、ちょうど自分たちがこの部屋に入ってきたあたりの時間でした。

僕

お前………ずっと中継してやがったのか

配信停止ボタンをタップし、怒りに震えて女を見下ろすと、開き直ったように「あぁ、バレちゃった」と、女はあぐらをかいてきました。

僕は女の携帯をシンクに思い切り投げつけて破壊し、金属バットを持ち出して、頭かち割られるか何もかも打ち明けるか選べと脅すと、やれやれといった調子で話し始めました。

女は23歳の元迷惑系YouTuberで、学生証はフリマで買った他人のもの。一年ほど前に規約違反によってアカウントを削除され、ライブ配信をプラットフォームに切り替えて、体当たりで無茶な配信をしたとのこと。

身体が傷だらけなのはYouTuber時代の名残で、本当はバスの車内で胸を露出するエロ企画をやろうと思っていたが、車内に監視カメラが付いているのに気づいて出来ずにイライラしていたところに、僕に声をかけられたとか。

女がやろうとしていたことも違法だし、僕が脅したのも違法にあたるので、後日、警察と弁護士を交えた相談で痛み分けの和解という結論に達しましたが、若い女性に声をかけるなんて慣れないことをしたばかりにこんな面倒な目に遭うなんて、世の中には理不尽しかないと泣きたくなる出来事でした。

災厄女によろしく

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