花音

ーーねぇ、お兄ちゃん。付き合うって、具体的に何すればいいの?


 夕食を食べていたお箸を止めると、お兄ちゃんの様子を伺う様にチラリと見る。

 海に行ってから三日、私がずっと悩んでいる事。

 ”付き合うって何?”

 彩奈に聞いてみると、

彩奈

いつも通りで、いいんじゃない

と言われてしまった。

 本当にそれでいいのだろうか?

翔

……はっ?!


 目の前のお兄ちゃんは、驚いた顔をすると口を開けたまま私を凝視する。

花音

はっ? て何よ……。
ちゃんと答えて欲しい。

これでも一応、お兄ちゃんに聞くのは凄く恥ずかしかったんだから

翔

花音……。

お前、誰かと付き合うのか?

花音

え?


 急に真剣な顔をするお兄ちゃん。

花音

何言ってるの? 

私、もうひぃくんと付き合ってるのに。
……変なお兄ちゃん

花音

誰って……。

私、ひぃくんと付き合ってるでしょ?

翔

はっ?!!

 私の言葉に、再び驚いた顔をするお兄ちゃん。

 そんなお兄ちゃんがちょっぴり面白くて、私は思わずクスクスと笑ってしまう。
 そんな私を見たお兄ちゃんは、顔を元に戻すとギロリと私を見た。

花音

……あ、あれ? 

ちょっと鬼が……

 鬼の片鱗をうかがわせるお兄ちゃんに、私の顔は瞬時に引きつる。

花音

あ……っき、今日の海老フライ美味しいねー! 

お兄ちゃん、本当に料理が上手! 
す、すごーい!


 お兄ちゃんのご機嫌を取るために言った台詞がもの凄く棒読み状態になってしまい、焦った私は笑顔を引きつらせた。

花音

お兄ちゃんの視線が痛い……。

ヤッ……ヤバイ。
どうすればいいのっ……ピンチッ!

 堪らず俯いて目を瞑《つぶ》ると、お兄ちゃんの盛大な溜息が聞こえてきた。

翔

……花音。

お前、響の言った事本気で信じてるのか?

花音

……へっ?


 顔を上げた私は、素っ頓狂な声を出してお兄ちゃんを見る。

花音

え……。違うの?


 そう尋ねると、お兄ちゃんは再び盛大な溜息を吐いた。

翔

あの時、嫁に行くなんて言ったか? 

……第一、付き合うとも言ってないだろ?

花音

あ……うん、言ってない。

……じゃあ、付き合ってないの?



 私の言葉に呆れた様な顔をするお兄ちゃんは、小さく溜息を吐くと口を開いた。

翔

当たり前だろ。
そんなんじゃ、他の男に騙されるぞ? 

……俺はお前が怖いよ。
何でそんなのもわからないんだよ

 お兄ちゃんはそう言うと、片手で額を抑えながら私を見た。

花音

お兄ちゃんの方が怖いもん。

鬼のくせに……

 口には出せないので、私は心の中で呟く。

花音

どうせ、私はバカですよ……

 不貞腐れて顔を俯かせると、そんな私を見たお兄ちゃんが口を開いた。

翔

花音。頼むから、俺から離れるなよ?

花音

……はい

翔

男と二人きりで会うなよ?

花音

……はい

翔

優しそうに見えてもダメだからな?

花音

はい……っ

花音

何だか、悲しくなってきた……。

私ってそんなにバカなの? 
まるで子供扱い……

 そう思った時、ポタリと涙が落ちた。

翔

泣くなよ……

花音

だってっ……。

お兄ちゃんがっ……

翔

……キツイ言い方して悪かったよ。

ごめんな?


 お兄ちゃんはそう言ってポンポンと優しく頭を撫でてくれるけど、その優しい手の温もりに益々涙が出てきてしまう。

花音

私っ……バカじゃないもん

翔

花音はバカじゃないよ。

ちょっと天然なだけだよ

花音

……

 慰められているのかよくわからない言葉に、思わず何も返せなくなる。

 それでも、頭を撫でてくれるお兄ちゃんの手はとても優しくてーー

 私はボロボロと涙を流しながら、

花音

お兄ちゃん、お兄ちゃん

と何度も繰り返し口にしたーー。

花音

どうして、ひぃくんがいるの……


 私の目の前でニコニコと微笑むひぃくん。

 今日は、地元で花火大会がある為、私は彩奈の家で彩奈のお母さんに浴衣を着付けてもらった。

 そこへ迎えに来たのがお兄ちゃん。
 と、何故かひぃくん。
 ちゃっかり浴衣まで着ている。

響

花音、浴衣可愛いー

花音

何で、ひぃくんまでいるのよ


 ジロリと目の前のひぃくんを見る。

 私は彩奈の家に行くとはひぃくんに一言も言っていない。

花音

何で知ってるのよ……

響

デートは、一人じゃできないよー? 花音


 そう言って小首を傾げてニッコリと微笑むひぃくん。

花音

デートじゃないしっ! 

……だいたい、私達付き合ってないからね?!

花音

お兄ちゃんに聞いたんだからっ。

……もう騙されないもん。
騙すなんて酷いよ、ひぃくん。

私、怒ってるんだからね!

 キッとひぃくんを睨みつける。

響

……っ離婚はダメ……ダメだよ、花音。

離婚だなんて、言わないでっ!


 真っ青な顔をしたひぃくんは、ガタガタと震えながら私を見つめる。

 まるで捨てられた仔犬のような瞳のひぃくん。
 今にも泣き出しそうなその顔に、私は小さく溜息を吐くとお兄ちゃんを見た。

花音

なんで連れて来たのよ……。

お兄ちゃんのバカ

 怨めしい気持ちで見つめると、私の視線に気付いたお兄ちゃんが口を開いた。

翔

仕方ないだろ……。

勝手に付いて来たんだよ


 お兄ちゃんはそう言うとウンザリしたように溜息を吐く。

 今にも泣き出しそうなひぃくんを見ると、何だか自分が悪者になった気分になってくる。

花音

……もういいよ。
来ちゃったものは、しょうがないから……。

ほら、ひぃくん行くよ!


 私はそう言うとひぃくんの手を取って歩き出した。

 チラリと隣の様子を伺うと、ニコニコと幸せそうに微笑むひぃくんがいる。

花音

とりあえず、泣き出さなくて良かった。

私も大概ひぃくんには甘いよね……

 そんな事を思いながら小さく溜息を吐く。

花音

ひぃくん……。

浴衣、似合ってるね


 ポツリと小さな声で呟くと、私を見たひぃくんが優しく微笑んだ。

響

ありがとう。

花音も似合ってるよ、凄く可愛いー


 そう言ってフニャッと笑うひぃくん。

 私が言った言葉は嘘ではない。

 あまりにもカッコイイひぃくんに、思わず出てしまった本音だった。
 浴衣を着たひぃくんはいつも以上にカッコ良く、何だかもの凄い色気を感じる。

 私はドキドキと心拍数の上がってきた胸を抑えると、ひぃくんから視線を外して地面を見た。

花音

何これ……。

違う、違うよ絶対。
……そんな事あるわけない

 私は気付き始めた自分の気持ちに蓋を閉じると、繋がれた手の温もりに集中しない様にギュッと目を閉じた。

 それでも、意識は繋がれた右手に集中してしまい、ドキドキと煩く鳴り続ける胸の音に戸惑った。

花音

何これ……何なの……? 

早く静まってよ、お願い……っ

響

花音とデートなんて、嬉しいなー。

綿菓子あるかなー? 
一緒に食べようねー

 私の隣で楽しそうに話すひぃくん。

 私はそんなひぃくんの声を聞きながら、ただずっと……。

 繋がれた右手に意識を集中させていたーー。

そんな君が大好きです 1

facebook twitter