天井の梁（はり）に身を隠す鷹丸
さてさて、話は猫花楼の美しい庭園に忍び込んだ鷹丸から始まります。
月明かりに照らされた庭にひっそりと足音を忍ばせ、屋敷の蔵へと向かいます。
誰もいないことを確認し、静かに床に降り立たつと、ふと目に留まるのは酒の瓶、無造作に手に取り、ひと口啜（くちすす）る。
ひとりごちる鷹丸でございました。
うまいねぇ
ん？誰か来たみてぇだな
天井の梁（はり）に身を隠す鷹丸
さて、下の様子を窺っておりましたところ、
酒瓶を抱えた女中猫が二匹、
ひそひそ声で蔵へと入って参りました。
この酒な、さっきのお客様から頂いたもんさ
あらまぁ、珍しいこともあるもんだねぇ。酒を贈るなんて気前がいいじゃないか
なんでも、新しい酒蔵を建てるらしいよ。それで贔屓（ごひいき）にしてほしいってさ
なるほどねぇ。それにしちゃ高級品だって噂じゃないの。どんな味か気になるねぇ
おいおい、馬鹿言っちゃいけないよ！そんなもん勝手に開けたら、大目玉を食らうよ！
だけどさぁ…高級品って聞くと、ますます飲みたくなっちゃうねぇ
しょうがないねぇ。じゃあ、ほんのちょっとだけなら…
そう言いながら、一匹の
女中猫がそっと酒瓶の蓋に
手をかけた、その刹那。
お客様がお帰りになるよ！
福米屋の旦那様とそのお連れだってさ。早く戻らなきゃ叱られちまうよ！
いけないいけない、急ごう！
そう言い残して、二匹の女中猫は
酒瓶を抱えたまま、慌ただしく
蔵を出て行きました。
さて、天井裏でこの様子を
見聞きしていた鷹丸。
鼻を鳴らして呟きます。
へぇ～この酒が高級品ねぇ～
一方その頃、料亭の玄関先では、
福米屋の旦那と武三が女将と
女中たちに見送られながら、
悠々と外へ出て行くところで
ありました。その姿を木陰から
見送る鷹丸の目は何やら
思案するように鋭く光って
おったのでございます。
武三は一匹、足早に路地を
歩いておりました。
鷹丸はその後ろをひっそりと
追っていたが、わざとらしく
足元の小枝を踏み、乾いた音を
響かせた。
ぱきり――その音に、武三の足が止まる。
振り返ると、冷たい視線を暗闇に
向け、低い声で言った。
誰かいるのですか？
鷹丸はにやりと笑い、暗闇から
現れたのであります。
その動作は、まるで自ら
見つかることを
楽しんでいるかのようでした。
へっ
いったい何の御用ですか？
その姿……あやかし混じりか
やっぱり俺って有名人なんだねぇ
私の国には、いないのでね
へぇ、じゃあ手形でも欲しい？
お前に渡す金などない。消えろ
そのまま去ろうとする武三を、
鷹丸が引き止めるように申した
翠緑の猫娘
その言葉に、武三はぴたりと足を止め
貴様、なぜその名前を知っている？
俺は耳がいいんだよ
料亭で盗み聞きしていたのか
どうやら、曰（いわ）くつきの絵画だって話だぜ。
それを一升瓶一本で片付けようって、随分甘く見られたもんだねぇ
そのことを知っているとは、お前は雪の屋の者……？
へへ
あの酒は、火事の時に持ち出した貴重な酒だ。
その価値もわからぬとはな
へぇ、あの酒がねぇ
まぁいい。あの絵を持ってきてくれれば、それなりの金を払おう。
ほぅ、それはありがたい。で、その絵画ってのは、いったいどういう代物なんだ？
どんな代物だと？泥棒風情がそんなことを知ってどうする？
お主はただ、依頼した品物を持ってくればそれでいい
へん、確かにそうだが、あんた、あの小屋で絵画を見たといったな
ああ、そうだ。教会の奥の小屋に飾ってあった
あれを盗むんだな？
そういっておる
いいけどな、あれは偽物だぜ
なんだと！まさかそんな
それでも、あの絵画が欲しいってんなら、盗ってきてもいいぜ
本物はどこにあるんだ？
さぁ～
頼む、いくらでも払う。本物を見つけて盗ってきてくれ。あれがないと・・
ないと？
い、いや、それはお主には関係ない
ほぉ～、まぁいいだろう。調べてきてやるさ。その代わり、報酬は2倍だからな
わかった
そう言い終えると、鷹丸はふっと身を翻し、
黒い影となって闇夜に溶け込んでいった。
その姿を見送りながら、
武三の表情には焦燥の色が
濃く滲んでおった。
つづく
