フミが静かに片手を挙げると
それを合図に周囲の男たちが
一斉に動いた。

澄音の両腕が無慈悲に掴まれ
逃れることもできぬまま
引き寄せられる。

澄音

フミさま、私は本当に盗んでなどおりません!

澄音は必死に訴えた。

しかし、フミの冷ややかな
眼差しは揺るがず

フミ

信用できんな
連れて行け

澄音は強引に引き立てられ
部屋の外へ
連れ出されようとした——

お清

なんの騒ぎですか?

緊張が張り詰める中、
鋭い声が響いた。

廊下の向こうからお清が
足早にこちらへと向かってくる。

その背後には、驚いた顔をした
シスターたちが何人も
立ちすくんでいた。

お清

フミ、この者たちは……? それに、澄音をどこへ連れていくのですか!

フミ

お清様、澄音はどこぞの者と内通し、絵画を盗みました。
絵画が見つかり次第、八千代様に差し出す手はずです

一瞬、廊下の空気が凍りついた。

シスターたちは息をのむ。

お清

なんと嘆かわしい! 澄音がそんなことをするはずがなかろう!

お清の声には怒りと悲しみが
混じっていた。
その言葉にシスターの一匹が
思わず「そんな……」と
震えた声を漏らす。しかし、

フミはまるで風が吹き抜けるのを眺めるように冷静だった。

フミ

では、代わりにお清様が参りますか? 教会の者であれば、誰でもよいはず

お清

……そ、それは……

フミ

教会は存続の危機です。この状況を乗り切るためには、誰かを差し出さねばなりません

フミ

澄音は絵画を盗んだ罪人ですよ

場の空気がさらに重くなった。

澄音の心臓は高鳴り
嫌な予感が全身を駆け巡る。

——このままでは、何か
取り返しのつかぬことが起こる。

澄音は震える唇を噛みしめた。

お清

お待ちなさい、サヨリさまに報告しますゆえ

だが、フミはふっと鼻で笑った。

その瞳には、どこか
侮蔑の色が浮かんでいる。

フミ

サヨリさまとて同じこと。生贄の代わりに誰がなるものか

お清の顔から血の気が引いた。

声にならぬ声を飲み込みながら
震える手を胸元で握りしめる。

お清

生贄……まさか澄音を……?

周囲のシスターたちは
互いに顔を見合わせた。

生贄——その言葉の意味を
理解できぬまま、何か恐ろしい
事実が隠されているのではないかと

不安げな表情を浮かべる。

誰もが口を開きたかったが
フミとお清の間に流れる
緊張感に圧倒され、ただ息を
潜めて成り行きを見守るしかなかった。

フミ

とにかく急いでおりますので、邪魔をしないでください

そう言い捨てるや否や、
オスたちは澄音の腕を強く引いた。

澄音は足をもつれさせながらも
抵抗し、必死に叫ぶ。

澄音

生贄とはどういうことでございますか!?
フミさま、一体……!

フミ

澄音に猿ぐつわを

瞬く間に、オスたちは手拭を
取り出し、澄音の口をふさぐ

かすれた声が漏れるも
もはや言葉にはならず

無情にも教会の扉が開かれ
澄音は連れ去られていったので
ございます。




さて、その頃のことである。鷹丸ときたら、座敷に大の字となり、高鼾をかいて眠っておった。
障子の隙間より洩れる夕暮れの光が、部屋の片隅に転がる徳利を仄かに照らしている。
静けさに包まれたその空間を破るがごとく、勢いよく襖が開かれた。

ズカズカと踏み込みしはお雪。

その目は鋭く、眉間にはしわを
寄せている。

まっすぐ鷹丸へと歩み寄るや
否や、躊躇なく足を振り上げ
蹴飛ばした。

ドカ!!

お雪

いつまで寝てるんだい!

いたぁ!!

鷹丸

もっと優しく起こせねえのかよ

お雪

お前みたいな無精者を誰が優しくするもんか

鷹丸

ったくよぉ

お雪

それで? 絵画は盗ってきたんだろ?

鷹丸

当たり前だ。誰だと思ってるんだよ

お雪

なら、さっさと武三の旦那に渡しに行きなよ

鷹丸

でもよ、朝から探してんだが、あの旦那が見当たらねぇんだ。どこにいっちまったんだか

お雪

いない? そりゃ困ったね

鷹丸

ま、探してくら

お雪

ちょいとお待ち

お雪

鷹丸、まさかとは思うが……あの澄音ってメス猫に会ってないだろうね?

その言葉に、鷹丸の耳がピクリと動いた。

鷹丸

あ~うん~

お雪

鷹丸!!

お雪

澄音が疑われたらどうすんだい!

鷹丸

澄音が教会から出たあとで盗んださ。あいつに盗むことはできねぇ

そう呟くように言うと、鷹丸は
障子の向こうに広がる
空を仰いだ。

西の空は茜に染まり
宵の風がそよと吹き抜ける。

鷹丸

あれから3日目だ……おれのことなんざ、忘れてるよ

お雪

鷹丸……

鷹丸はすたすたと歩を進め
静かに部屋を後にした。

お雪

なんだか胸騒ぎがするね