教会の奥にある一室にて、サヨリとお清が、密やかに言葉を交わしておった。

サヨリ

されど……いったい、いつ盗まれたのでしょうか? 今朝の見回りの折には、まだあったはず……

お清

はい。澄音が施設へ向かうを見届けたのち、わたくしも絵画の様子を確かめました。
されど、確かにその時は、まだ掛けられておりました

サヨリ

……とすれば、教会の誰かが手にしているかもしれません。念のため、各部屋を探してみましょう

お清

承知いたしました!

お清は数名のシスターを従え
険しい表情のまま澄音の
部屋へと足を運んだ。

お清

必ず見つけるのです

鋭く言い放ち、勢いよく扉を押し開く。

——しかし、次の瞬間、お清は
思わず息を呑んだ。

お清

これは……

部屋の中はすでに荒らされ、
箪笥(たんす)の引き出しは
乱雑に開け放たれ
畳の上には衣が散乱している。

誰かが先に探した痕跡が明白であった。

お清

おのれ、フミめ……

お清

他の部屋も隈なく探せ!

厳しい声が響き、シスターたちはそれぞれの部屋へと散って
いった。教会の中に緊迫した
空気が広がっていく——。


かたやその折、フミは教会を抜け出すや、路地裏をすり抜け、
ひたと向かうは、福米屋のもとであった。
店先へ辿り着くや否や、のれんを押し分け、帳場の奥へと身を滑らせる。

フミ

福米屋様、大変でございます!

福米屋宗次

ほほう……これはまた、珍しきこと。いかがいたした?

フミ

絵画が……盗まれました!

福米屋宗次

なにっ!
して、八千代様はなんと仰せか?

フミ

すぐに取り戻せと

福米屋宗次

ふむ……急がねばならぬな

フミ

福米屋様、以前そなたに絵画の話をした男がおりましたな?

福米屋宗次

おったとも。されど、その件はとうに片付いておる。そやつの仕業とは思えぬが……

フミ

では、いったい誰が?

福米屋宗次

あるいは……誰かに依頼したやもしれぬ

フミ

依頼……?

福米屋宗次

うむ、最近、偽物の絵画が飾られておった小屋に、何者かが忍び込んだであろう
だが、偽物と知って盗らずに立ち去ったのではないか?

その言葉に、フミの胸中をある
疑念がよぎる。

フミ

やはり……澄音か、あの小屋にて祈りを捧げていたと言うが本当だろうか。
離れの反省部屋へと押し込められていたはずだが、足元には梅の花弁が……

フミ

何ゆえ梅の花弁が足元に落ちていたのか?
あの小屋に向かう途中で拾ったとは考えにくい。だとすれば——

フミ

澄音は……反省部屋から抜け出していたのではあるまいか?

心の内に疑念が芽吹く。

澄音が何者かと通じ、密かに
絵画の盗難に関わっていた
可能性はないか?

それとも、何か別の目的で
動いていたのか……?

フミは唇を引き結び、静かに
目を伏せた。

考えすぎかもしれぬ——いや
しかしー

フミ

澄音……一体、何を隠しておる?

フミ

福米屋様、猫手をお借りしたいのですが

福米屋宗次

ふむ、何か策があるのか?

フミ

確証はございませんが……

福米屋宗次

よし、直ちに手を回そう

福米屋は手を叩き、
下働きを呼びつける。

すると、フミは声の調子を
落とし低く囁いた。

フミ

それと、生贄も見つかりましたゆえ、八千代様にお渡しするまで、
その者をここで預からせていただきとう存じます

福米屋宗次

なに……!? 生贄まで見つかったと申すか……?

フミ

さようにございます

その言葉が、座敷の薄闇に
静かに響いた。

その先に何が待つやら
知る者は未だおらず——。




澄音が、教会へ戻ったころ
境内には不穏な空気が漂っていた。

普段ならば静寂に包まれている
はずの聖堂も、今宵ばかりは
どこかざわついている。

澄音

何事かあったのでしょうか……?

いぶかし気に辺りを見渡すと
奥の小屋の戸が半ば
開いているではないか。

普段は固く閉ざされているはずの
戸が何ゆえ開いているのか。

澄音はそろりと歩み寄り
中を覗き込んだ。

そこには変わらず
いつもの絵画が飾られている。

澄音

……?

不審に思いながらも
そっと戸を閉め
自らの部屋へと戻る。

しかし、ドアを開いた瞬間
澄音は息を呑んだ。

澄音

これは……!

書物や衣類は無残に散らばり
机の上にあったはずの聖書も
乱雑に投げ捨てられている。

明らかに、何者かが部屋を
荒らしたのだ。

混乱する澄音の背後から
静かなるが冷ややかな声が響いた。

フミ

……今朝、絵画が盗まれたのです

驚き、振り向けば、
そこにはフミが立っていた。

その鋭き眼差しがまっすぐに
澄音を射抜いている。

澄音

絵画が……? しかし、先ほど小屋を覗いた時は、確かにまだありましたが……

フミ

盗まれたのは、本物よ

澄音

本物……? そ、それはどういうことでしょうか?

フミ

何をとぼけるか

澄音

いったい、何のことでございますか……?

澄音は必死に訴えるも
フミの表情は変わらぬ。

やがて、懐よりひらりと
梅の花弁を取り出し
澄音の目の前に差し出した。

フミ

お前が反省部屋から出た時、部屋に落ちていた、これはお前が外に出たという証拠だ

澄音

そ、それは……!

澄音の顔がみるみる蒼白となる。

その狼狽ぶりを見て
フミは確信を深めたようであった。

フミ

それに小屋の天井が落ちた日に、小屋のそばにいたらしいな、いったい誰と会っていた?

澄音

だ、誰とも……会ってなど……

フミ

澄音、その者と内通して絵画を盗んだのではあるまいな?

澄音

違います!私は盗んでなどおりません

フミ

では、この花弁の謎は、いかにして説明するつもりか?

……申し訳ありません。しかし、決して絵画を盗むことなど……

澄音の震える声にフミは
静かに溜息をつく。

そして、低く言い放った。

フミ

まだ気づかぬか、愚かな女よ

澄音

愚か……とは?

フミ

そなたは利用されたのだ

フミ

お前に近づき本物の絵画の在りかを探っていたはず……

澄音の目が揺れる。

心の奥底にわずかに浮かんでいた疑念——それが、今ここで
突きつけられた現実であった。

消えた絵画、蠢(うごめ)く影

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